あらすじ

江戸時代とは何か。あの大衆文化や太平の世が育まれた歴史を、琉球國と蝦夷地の重要性を交え、アジア全体の視点でお伝えします。 江戸時代、長くつづいた戦乱の世をひとつにまとめた徳川家康は、東洋の理想郷ともいえる天下泰平の時代を切りひらいた。日本全国はもとより、海の向こうの文化を巧みにとりいれて、あらゆる文化が江戸に集積した。この文化圏が育んだ数千年の叡智の結晶が、東洋の島国に実を結んだ時代であったともいえる。陶磁器、茶、漢方、発酵食品、有機農法のような生活に紐づく文化や、様々な地域と影響を受け合い、磨かれた技術による工藝品の数々。今も残るお祭りの始まりである民間信仰、神・自然への信仰と仏教との融合。このような社会が産まれた背景には、様々な文化があわさった地域の特性があった。当時の日本人が最も影響を受けたのは宋・明代の中国文化だった。とくに宋は、戦乱の五代十国時代を収めた趙匡胤(ちょうきょういん)により、武官より文官が重用され、武力よりも文化に力を入れることによる平和確立を目指した時代だ。そして「鎖国」がはじまっても、日本は中国大陸との貿易は続けた。文化は元々、権力者たちがリードしてきたが、宋や江戸は民、いわゆる大衆文化が花開き、人類が目指すべき理想が形づくられた。それは自然と人間の均衡が取れていた時代といって良かったのかもしれない。その大衆が作り上げた町では、肥料などによるリサイクルが当たり前に行われていて、狩猟や漁労で獲れたものを生活の場に生かす、無駄が少ない時代だった。翻って、今の我々はどうであろうか。昼夜も関係なく働き、過剰に摂取し、無駄に消費し、大量に廃棄する社会を生きている。現代の日本も含めたアジア諸国は、西洋人が進めた近代化の波を受け、人々の生活を快適に便利にするためという理想に向けた、新しい社会作りの中に組み込まれている。しかし、楽になるというのは必ずしも良いことばかりではないようだ。SDGs、フードロス問題が叫ばれる今、我々が江戸時代から学ぶべきことは何であろうか。現代を作ったのは今の人たちではないが、かつての理想がどこかでずれているのかもしれない。ではなぜ、このような社会になったのか。そうならなければいけなかったのか。琉球國と蝦夷地の重要性を交え、江戸時代の誕生から終わりまでを振り返るとともに、あの時代がもたらした文化とは何であったのか、世界にどのような影響を及ぼしたのか、その文化を育んだものとは何であったのかを、中國紀行CKRM的視点でお伝えしたい。

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