あらすじ

俺の名前は愚呑。この魏という国にある皇帝の息子だ。 先日俺は『曹操』とかいう偉そうな貴族様に言われて無理やり婚約をさせられた。 曰く「あなたのように利発な方には、私の娘がふさわしい」とのことだ。 まったく、この曹操とかいうやつ、思ったよりも人を見る目があると思った。 まあ奴の娘は割と可愛かったし、一緒に居るのはそこまでつまらなくはなかった。 そのため無難に時を過ごしていたのだが、ある時俺は街で恐ろしいほどの美人に出会った。 彼女は『貂蝉』と名乗っていた。 彼女の話す言葉は可憐で、そして教養に満ちておりただの街娘には思えないほどの美しさだった。 この子を俺の側室に迎え入れることも出来たが、俺はそんな彼女を物みたいに扱うような真似はしない。 彼女は俺にとって「真実の愛」なんだ。 そもそも、曹操とかいうやつの言動は俺は昔から気に入らなかった。 何かにつけて偉そうな態度を取ってくるし、周りにいる夏侯惇だの張遼だのいうやつも、あの男にまとわりついて何やら難しそうなことばかり言ってやがる。 やれ兵站がどうだとか、補給がどうだとかだ。地味でつまらない話ばかりしてやがる。 「兵站だの補給だのは、女子供にでも考えさせておけばいいじゃねえか。大事なのは、戦場でいかに派手に立ち回って大軍を少数の兵士で撃破するかだろ?」 俺はそういつも、奴らにアドバイスしてやっていた。 だが奴らは鼻で笑い、それを聞き入れてくれなかったことには、いつも不満を抱えていた。 そして婚約の発表日。 その日は朝から、各国からなんか偉そうな奴が沢山来ていた。 例えば劉備とかいうお人好しそうな奴が、関羽とかいうひげ面の男を連れてやってきていた。どうも奴らもそれなりに偉い奴らしい。……まあ、皇帝の息子である俺ほどではないが。 そしてやってきたのは夏侯惇と張遼。俺に対して頭を下げて「婚約の御礼」と称して粗末な馬……『テキロ』とかいうらしいな……を送ってくれた。まあ、貰っておいてやったが。 そして宴の『表向きの』主賓は俺と俺の婚約者……つまり、曹操の娘だ。 「どうですか……愚呑様? 似合い……ますか?」 そういいながら恥ずかしそうに尋ねる彼女は、客観的に見れば可愛い子なのだろう。 だが、『もう遅い』。真実の愛を貂蝉と育んだ俺にとっては、もはやこの女に興味はあまりなかった。 「ああ、綺麗だよ」 今日婚約破棄をする彼女に対して、俺はそう気のない返事をした。 ……そして。 宴もたけなわという感じで、周囲が楽しそうに話をする中、俺は立ち上がり大声で叫んだ。 「皆のもの! 聞いてくれ、今日は大事な話をしようと思う!」 そういいながら、俺は周囲の注目を集める。 張遼や夏侯惇は少し不思議そうにこちらを眺める。……ちょうどいい、今からお前たちをあっと言わせてやる。 そして俺は、こっそりこの宴に紛れ込ませていた貂蝉を呼びつける。 「来い、貂蝉」 「ええ。愚呑様……ここにおりますわ?」 彼女の美しさは、周囲の目を惹きつける。 俺は自慢気に彼女の腰に手を回した後、皆が見る前でそっと口づけをする。 「あああああああああ! ……な、なんてことを……」 最初にこの世の終わりのような声を上げたのは、劉備とかいう田舎者だった。 フフン、どうだ。お前みたいな奴らには一生かけても手に入れられないような美女なんだぜ。 そして俺は、曹操の娘を指さして叫ぶ。 「お前との愛は、まさに偽りだった! 見ろ、この娘を!」 「え? ……まさか、愚呑様!」 貂蝉を見せつけるなり、彼女は『信じられない』という顔で俺を見つめてきた。 「ああ、そうだ! 私は真実の愛を見つけたのだ! だから……」 「ダメ、止めて! お願い、愚呑様! 今ならまだ間に合います! それ以上は口になさらないで!」 恐らく俺がこれから何をいうのか察したのだろう、彼女はそう泣きそうな目で俺を見つめながら叫ぶ。 ……フン、もう遅い。 俺は真実の愛を見つけたんだ。今更お前の泣き落としなんか聞くか! そう思った俺は、会場全体に響くような大声で叫ぶ。 「私はこの娘との愛に生きるつもりだ! だから、お前との婚約を破棄する!」 ……ああ、ついに言ってしまった。 そう思った次の瞬間、夏侯惇と張遼がガタリと立ち上がった。 「曹操様。……よろしいですか?」 「許可など要らぬ! 今更撤回しても『もう遅い』!」 「同感です……!」 そう言った瞬間、彼らは目にも止まらぬ速さで、俺の目の前に飛び込んできた。 ……それが、俺の見た最期の景色だった。 それから数分後。 「このような愚昧物は……今後永久に現れぬだろうな……」 曹操は、愚呑の刎ね飛ばされた首を持ち上げながら呟いた。 その眼には凄まじい怒りが籠っており、もはや誰にも止められないことは分かっていた。……尚、危機を感じた劉備はすでに、兵士たちと共にその場から姿を消していた。 そして曹操は愚呑より遥かに大きな声で叫んだ。 「皆の者! ……どうやらこの場に来ていたのは、愚呑様の名を借りた間者だ! なればこそ、我が臣下張遼が始末した!」 「なんとおおおおお!」 そう、周囲に居た貴族たちも白々しく驚いた様子で叫んだ。 そして曹操は忌々し気に愚呑だったものの首を見せて叫ぶ。 「我らが尊崇する皇帝陛下の息子、愚呑様がこんなに醜い顔ではないではないか! こ奴は、偽物に決まっておるではないか! どう思う、夏侯惇!」 尋ねられた夏侯惇も、どこか精製した表情で答える。 「は……。間違いはありませぬ。そもそも、このような宴席の場で、あのような愚行を行うものなど……王族であれば行うわけがありませぬので」 「まさに。これほど愚かなものは、仮に本物であっても死は免れぬでしょう」 張遼も相槌を打つようにそう呟くと、怒りにうち震えながら血に染まった剣をぬぐった。 「ああ……もう……終わりね……」 曹操の娘は、哀し気な表情でその様子を眺めた。 もはや、こうなってしまった曹操や張遼を止めることが出来るものなど、三国に名の知れ渡った呂布くらいだろう。だが、彼はすでにこの世には居ない。 そして曹操の横から、別の青年……名を司馬懿というが……は尋ねてきた。 「では……この男が偽物ということは、本物の愚呑様は、すでに……」 「ああ、恐らくは殺されているのであろうな……」 「なるほどなるほど。では、当然下手人は……」 「そこにいる女とみて間違いないだろう」 曹操は恐ろしいほど冷たい眼光で、貂蝉を見据えた。 「ひ……」 彼女はそう、この世の終わりのような表情で怯えた様子を見せた。 曹操の娘だけでなく、自分やここに居る魏の将軍全員のメンツを完膚なきまでに潰したのだ。 それが意味することなど分かっているだろう。 「違います、私は愚呑様に頼まれてここに来ただけです! ですので許してください!」 「……どう思う、張遼よ」 「私にそれを聞かれますか? ……無論、答えは一つ」 そういうと、張遼はぬぐったばかりの剣を構えて鋭い目で睨みつける。 『張遼が来た』ことの恐ろしさなど、魏の住民なら誰もが知っている。彼女は「ひい……」と呟き、走り出した。 「お願いです……命だけは……お願いします!」 「今更命乞いなど……もう遅い!」 そう叫ぶ張遼のその剣は、貂蝉の胸に深々と突き刺さった。 「か……は……」 急所を貫かれた貂蝉は、そのまま音もなく崩れた。 その様子を見ながら、もはやこの場に用はないとばかりに曹操は踵を返して尋ねる。 「……この貂蝉という娘の身柄を徹底的に調べ上げろ」 「は!」 これは『一族郎党皆殺しにせよ』という意味だ。 その様子を怯えた様子で皇帝は見つめる。 彼に対して曹操は一言。 「皇帝。あなたの息子は間者の手によって殺された。……それでよろしいな?」 ギラリと睨みつけるように尋ねる。 ……史実における王と有力貴族の力関係はフィクションと大きく異なる。 これは三国志に明るい読者諸君なら誰しも知っていることだろう。 「は、はい……」 そう怯えるように頷く皇帝を見て、少しだけ曹操は態度を軟化させた。 「この男の名は……永久に歴史から名を消すように。我らだけでなく魏そのものの恥ですからな」 「はい……」 そう皇帝は頷いた。

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カクヨム
カクヨム2025/12/19
  • 現在の作品婚約破棄を現実にやるとこうなる ~曹操の娘との婚約を、夏侯惇や張遼の居るパーティの場で破棄してやった皇子の物語~