あらすじ
人生の終盤を迎えた誠一は、穏やかながらも変化の少ない日々を老人ホームで過ごしていた。
朝に起き、薄いコーヒーを飲み、昼にはテレビを眺め、夕方には空を見上げて一日が終わる。そんな繰り返しの中で、「新しい入居者が来る」という知らせに心を動かされることなど、本来なかったはずだった。
しかし、その名前を聞いた瞬間、時間が止まった。
――成瀬昭。それは、若き日に誠一が最も心を許した親友の名だった。だが昭は、あの峠での事故でとうに亡くなっている。まさか、と思いながらも、誠一の胸の奥に小さな波が立つ。そして現れた昭は、まるで時を超えたかのように、あの頃の笑顔をそのままにしていた。背筋は真っすぐで、少し茶目っ気のある眼差し。昭和の終わりを迎えた今でも、彼だけが“青春のまま”そこに立っていた。やがて二人は再び言葉を交わすようになり、失われた時間をたぐるように、かつての日々を思い出していく。バイクで駆け抜けた峠、喧嘩して笑い合った放課後、そして果たせなかった最後の約束――「また、あの道を走ろう」。
秋が深まるある夜、昭は誠一に言う。
「行こう。峠まで、もう一度。」
その言葉に導かれるように、二人は静かな夜道を歩き出す。そこに広がるのは、現実とも夢ともつかない、二人だけの“帰り道”だった。
翌朝、誠一は穏やかな笑みを浮かべたまま永い眠りについていた。手には一枚の古い写真。そこには、若き日の二人が肩を並べて笑っていた。
これは、時を越えて再び出会った二人の友情の物語。終わりを迎えるその瞬間、人はきっと、いちばん会いたかった誰かのもとへ帰っていく。
――あの日の帰り道に、やっと追いついた気がした。