あらすじ
「峠の上から初めて村を見た時は、くらくらしました。切り立った崖にはさまれた谷底に、赤い瓦屋根の家が並んでいて、教会のような建物があって、学校があって、集会場があって、その向こうに砂浜がのぞいていて、真っ青な海がたゆたっていて。あんまりきれいで、不吉な感じがしました」
「きれいなのに不吉」
「きれい過ぎるものを天が嫌って、崖がパタン、っと閉じて、谷底の村を飲み込んでしまうのではないかと思ったんです」
婦人は口をつぐむと、深い藍染めの嶌紬の懐から懐紙を取り出した。
そして、きゅっと唇を噛むと懐紙をくわえて微笑んだ。
「ですから、どうぞ、私の代わりに、南大嶌へいらっしゃって」
婦人は口紅と血潮のにじんだ懐紙を差し出すと、目を逸らさずに彼を見つめた。
依頼とあらば行かねばならぬ稼業ではあるものの、彼は受け取った懐紙を手に思案にくれた。
・・・・・・
『添(ぞえ)の嶌(しま)』
主な登場人物
瑞端 兆司:みずはた きざし 30歳 失せもの探しを生業とする
南洲 あまん:なんしゅう あまん 年齢不詳 南大嶌(みなみおおしま)の嶌比丘尼(しまびくに)の家系に連なるもの
オズマ括吏:おずまくくり 50代半ば 万邦至天連教(ばんぽうしてれんきょう)の説諭師
御厨間 睦心:おずま むつみ 20代半ば オズマ括吏の血縁者 分校の音楽教師
皇木 珪:すめらぎ けい 小学四年生 離島留学中
真名井 満干:まない みちひ 小学四年生 村長の孫娘
真名井 雄飛:まない ゆうひ 満干の父親 村長の次男