あらすじ
一九一七年、上海。
第一次世界大戦の影が忍び寄るなか、娼館《紅月楼(ホンユエロウ)》の女・林知微(リン・ジーウェイ)は、女を買わず、帳簿の字ばかり褒める不器用な代筆屋・顧言舟(グー・イェンジョウ)と出会う。
「私の本当の名前は、銀貨百枚よ」
「……なら、いつか必ず払う」
帰る場所を持たない女と、帰りたい人ができた男。
ただ一緒に朝を迎えることさえ、二人には遠い夢だった。
――誰かの想いを綴る男と、誰にも明日を望まなかった女。激動の時代に咲いた、あまりにもささやかな恋の物語。
【時代背景・史実に関する注釈】
本作は、一九一七年から一九二〇年にかけての上海を舞台とした、史実を背景に持つフィクションです。
当時の中国は軍閥の対立や社会の変革に揺れ、第一次世界大戦では多くの中国人労働者がヨーロッパへ渡り、後方支援や復旧作業に従事しました。
また、一九一八年には世界的なインフルエンザの流行が起こり、人々の日常にも大きな影を落としました。
作中の娼館《紅月楼》および登場人物は架空の存在です。中国人労働者の渡欧、当時の社会情勢、感染症の流行などには史実を取り入れていますが、人物の行動や出来事の詳細、風俗・制度の一部には物語上の脚色を加えています。
歴史の記録には残らなかったかもしれない、名もなき人々の恋と暮らし。
そのささやかな幸福に思いを馳せながら、お読みいただければ幸いです。