あらすじ
控え室の大鏡の前で、花嫁のドレスの私が仁王立ちしている。中身は、さっき契約結婚したばかりの冷徹公爵エアハルト様。軍服の袖をまくっているほうが、私だ。
叔父の家を出るときの言いつけは「夫に従い、余計な口を開かないこと」。けれど控え室へ乗り込んできた叔父が、いつもの調子で花嫁を叱りつけた瞬間、私の顔をした旦那様の眉が跳ね上がった。
「妻には、いつもそのように?」
その花嫁、中身はあなたの怖い取引先です。
婚礼の古い魔道具が壊れて、私たちの身体は入れ替わってしまった。元に戻せる職人が来るまで、六週間。私は旦那様の顔で会議へ、旦那様は私の顔でお茶会へ。帳面に強い私が騎士団の無駄遣いを止めれば、遠慮を知らない旦那様は令嬢たちの嫌味を真正面から打ち返す。ただし、相手の顔で勝手な約束をするのは禁止。そう決めた翌日から、なぜか「公爵夫妻は仲がよい」という噂ばかり増えていく。
身体を預けるより、弱いところを見せるほうが難しい。誰にも頼れなかった私と、頼られるばかりだった旦那様。互いの一日を生きるうちに、契約書に一行もなかった願いが生まれていく。
元に戻ったとき、この人の隣に、自分の顔で立っていたい。