あらすじ
スマホのアラームを止めようとして、ベッドの柱をへし折った。
「アイゼンハルトの狂犬」。うなり、物を壊し、人に飛びかかると恐れられた伯爵令嬢オディール。婚約破棄の夜会で暴れて倒れた彼女が目を覚ましたとき、中身は入れ替わっていた。
ショッピングモールの施設警備員、守谷灯。二十五歳、施設警備業務検定二級。
母に叩き込まれた「淑女のたしなみ」は、カーテシーも刺繍も日傘も、どう見ても全部ドラゴンの倒し方。体は最強。……でも、私の仕事は、戦うことより守ることだ。
聖女様の祝福式に竜が降りた日。逃げまどう人々を二本の大通りへ誘導し、置き去りにされた聖女様の前で、私は日傘を開いた。
「申し訳ございません。ここから先は、立入禁止です」
胸骨圧迫は「死者蘇生の秘術」と呼ばれ、指差し確認は古代の詠唱だと思われる。助けた聖女様は鞄三つで押しかけてきて帰らないし、元婚約者は来訪者名簿に毎回名前を大きく書いてくる。
地味な警備員の当たり前が、狂犬令嬢を王国一の守り手へ押し上げていく。
……ところで、竜を見るなり頭の中で「なおさら噛みますわ」とささやくこの声は、いったい誰?