あらすじ
柳小路商店街の片隅に、喫茶「柳堂」がある。創業五十年——いや、柱は百年以上前のものだ。
祖母が倒れてからの三週間、誰も入れない店を毎朝開けていたのは、三年前に合鍵を預かった大工・礎鉄悠(そてつ・ゆう)三十二歳。誰も来ない店で、彼は毎朝コーヒーを二杯淹れる。一杯は自分。もう一杯は、置いておくだけ。
そこへ、東京で食品メーカーを辞めた孫・佐倉澪(さくら・みお)二十八歳が戻ってくる。祖母から送られた合鍵は一本。だが、店にはもう一本の鍵があった。
祖母の手紙には、こう書いてあった。「それから、孫を、頼みます」 悠は、それを「店の手伝い」と読んだ。澪は、それを「私のこと」と読んだ。商店街は、二人を最初から「夫婦」と読んだ。
誤解は、どんどん事実になっていく。鍵が二本になり、名簿に名前が並び、看板に二人の字が混ざる。なのに二人は、いちばん肝心な一言が言えない。
二人が会えるのは、開店前の三十分だけ。会えた日は進み、会えなかった日は止まる。百年の柱と、一杯のコーヒーと、往復する手紙が、いつかひとつの答えになる、すれ違い現代恋愛。