あらすじ
三十一歳、無職。
実家の六畳間を「書斎」と呼び、十七年間ほとんど外へ出ることなく生きてきた男、冬木彦大(ふゆき・ひこひろ)。
太った身体に度の強い眼鏡。伸びっぱなしの髪。後退しつつある生え際。
けれど本人は、まだ「ハゲ」ではないと思っている。
それだけが、彼のささやかな誇りだった。
彦大は、ある日突然、古い『枕草子』を読み始める。
「春は、あけぼの。」
その一節に心を奪われた彼は、自分自身の暮らしを記録することにする。
春には、窓の外を通り過ぎる新入社員たちを眺め。
夏には、冷房の効いた部屋で母親の足音に耳を澄ませ。
秋には、求人サイトを開いては閉じ、薄くなった頭頂部を何度も鏡で確認し。
冬には、家族が寝静まったあと、一人きりの部屋で「明日から変わる」と日記に書く。
しかし、季節が巡るたび、枯彦の生活は少しずつ変わっていく。
髪は減る。
体重は増える。
親は老いる。
かつて自分を叱っていた母親は、いつしか何も言わなくなる。
それでも朝は来る。
春はあけぼの。
夏は夜。
秋は夕暮れ。
冬はつとめて。