あらすじ
船は、夜のうちに沈んだ。
乗っていたのは四十一人。
助かったのは、十五歳の少年ひとりだけだった。
けれど少年は、自分の「名前」だけを失っていた。
死を待つ彼の前に現れた光は告げる。
「あなたは勇者候補に選出されました」
勇者候補となったことで命をつないだ少年は、流れ着いた村で「マリン」と呼ばれ、暮らし始める。
そして半年後。
光は再び現れ、魔王討伐の旅へ出るよう促した。
マリンの答えは、ただ一言。
「行かない」
彼が欲しいのは、世界を救ったという称号ではない。
失われた、自分自身の名前だった。
けれど旅には出ない。
水を汲み、薪を割り、パンを焼き、村で暮らす。
訪れる旅人たちに、ただ一つの問いを投げかけながら。
「名前って、要るか」
そうして二十五年が過ぎていく。
これは、用意された「勇者の物語」から降りた一人の男と、
物語に書かれた役割の、その外側で生きる者たちの話。
そして最後まで読んだとき、
あなたが読んでいた「物語」の意味は、少しだけ変わる。