あらすじ
一九九二年、バブル崩壊直後の東京。富山の置き薬の家の次男・沢渡修は、アメリカ系投資銀行の東京支店に入社する。仕事は、取引所と会社をつなぐ回線の保守。三十秒ごとに届く「ハートビート」と呼ばれる空っぽの電文を見守ることだった。
翌年、フランス人の同僚が昼食の蕎麦屋で口にした何気ない一言が、なぜか頭から離れない。それから修は、誰にも理由を説明できないまま、国ごとの統計の数字を方眼紙に写し、ノートをつけるようになる。
地下鉄の事件、ロンドンの反戦行進、リーマン・ショック、モスクワの広場、制裁、パンデミック、そして戦争。取引所との接続を作り続けながら、修は同僚たちの家族を観察し、自分なりのモデルを組み立てていく。十八で家を出る英国の友人。統計に一度も載らなかった町で生まれたロシアの技術者。家を継ぐ兄と、台所に立ち続けた女性たち。
けれども、ノートの中で最も目を引くのは、モデルに当てはまらない人たちだった。
金融システムの最前線から、日本・西洋・ロシアの三つの家族のかたちを見つめた、一人のエンジニアの五十年。数字は、千人のことしか知らない。一人のことは、知らない。