あらすじ
AIの安全性について考えていた。
人間を守るAIをつくるなら、まず「人間にとっての安全」を定義すればいい。
けれど、安全とは何だろう。
生命を守ること?
自由を守ること?
本人の意思を尊重すること?
では、「本人の意思」とは何なのか。
そもそも「本人」とは、どこまでを指すのか。
AIのハッキング研究、米中によるAI安全性の協議、AGI、そしてその先に語られるASI。
SFだと思っていた世界は、少しずつ現実の問題になり始めている。
そんな現実を追いかけながら考えているうちに、私は以前書いた物語『波』と、まったく同じ問いにたどり着いた。
人は、人を完全には定義できない。
だからきっと、「個人」も完全には定義できない。
そして私たちは、
存在することすら知らない「未知の未知」を、あらかじめ知ることはできない。
AIについて考えていたはずだった。
なのに最後に残ったのは、
「私は、どこまで私なのだろう」
という問いだった。
これはAIの未来予測ではない。
SFと現実の境界を歩いていたら、
自分がなぜ『波』を書いたのかを、あとから見つけてしまった。
そんな思考の記録。