あらすじ
東京都西部の郊外に広がる多摩緑地迷宮――発生から二十余年が過ぎた浅層ダンジョンは、危険な魔物も現れず、豊かな緑と清らかな水をもたらす自然公園として、地域の人々の暮らしに溶け込んでいました。
その境界に佇む木造の門『第零ゲート』のすぐそばに、白い木枠と全面ガラスで組まれたサンルームの平屋建てがあります。
温室カフェ『ハーブ&グリーン・テラス』。
店主の|杜野美遥《もりのみはる》は、亡き祖母が遺してくれた温室を守りながら、自生する迷宮ハーブと実在のハーブを組み合わせ、訪れる人々の心と体をほぐす一杯のお茶を淹れ続けています。
ある初夏の雨上がりの朝、美遥は裏庭の育苗棚の片隅に、見慣れない小さな双葉が芽吹いているのを見つけました。指先ほどの丸い葉は銀色の産毛に覆われ、朝の光を浴びて不思議な光沢を放っていました。
そこへやってきたのは、連日の迷宮調査で疲弊しきっていた町役場環境保全課の青年・|草壁蒼真《くさかべそうま》。美遥が淹れた温かい『ルミナス・ミント』のお茶で息を吹き返した彼は、裏庭の双葉が放つ澄んだ香りと、迷宮深部の微弱な魔力に気づきます。
祖母が生涯をかけて手書きで遺した革表紙の『杜野調合帖』と、役場に残る科学的な観測記録。二つの知恵を突き合わせたとき、浮上したのはひとつの名前でした。
――十年に一度、仲秋の満月の夜にしか花を咲かせないという幻の迷宮樹、『星見草』。
急速に育つ若木の植え替えを手伝ってくれる農学部生のアルバイト・小日向くるみや、伝統農法で夏越しを支えてくれる熟練農家の佐竹さん。そして、魔力の変動を観測しながら植物の命に真摯に寄り添う蒼真。
町の人々の知恵と温かな手に支えられながら、美遥は秋の開花を目指して星見草を大切に見守っていきます。
天然の微炭酸が弾ける冷製ソーダや、胃腸を優しくいたわるカモミールミルクティー、ミントが香る焼き立てのハーブスコーン。
五感をくすぐるお茶とお菓子の香りに包まれながら、植物のささやかな生態の謎を解き明かしていく、穏やかで優しい日々の営み。
激しい戦いや争いはありません。
日々の暮らしに少し疲れたとき、温かな一杯のお茶を味わうように、ゆったりとお楽しみいただける現代日常ボタニカル生活ファンタジーです。