あらすじ

帝政暦760年――帝国中央公文書館。 若き歴史官エリシア・ハルトは、地下第七収蔵庫で一冊の古びた軍歴簿を手にする。 そこに記されていた名は――レイヴン・クロウ。 帝政暦527年11月25日生まれ。 猫系亜人。 帝国軍人。 特殊作戦員。 そして、後世に《黒猫》と呼ばれることになる男。 軍歴簿を読み進めるエリシアは、奇妙な事実に気づく。 彼の記録は、一人の兵士の人生としてはあまりにも長すぎた。 古い紙の軍歴簿。 白黒写真。 初期の電子記録。 異界戦争の映像。 そして、現代の軍事記録。 時代が変わり、国家制度が変わり、兵器が変わり、彼と共に戦った兵士たちが老いて世を去っても――写真の中のレイヴンだけは、ほとんど歳を取っていない。 さらに不可解なのは、彼の存在そのものだった。 ある時期を境に公式記録から姿を消し、歴史上では半ば「過去の人物」となっていたにもかかわらず、第四次異界戦争の映像には、百年以上前とほぼ同じ姿の青年が映っている。 黒髪。 黒い猫耳。 眼鏡。 そして、未来型ブルパップSG《CERBERUS》。 伝説だと思われていた《黒猫》は、本当に生きていた。 エリシアは散逸した記録を追う。 戦功記録。 仲間たちの日記。 敵兵の証言。 家族へ宛てた手紙。 何気ない集合写真。 そして、たった一枚だけ残された――レイヴン本人の自撮り写真。 そこから浮かび上がったのは、歴史書に描かれた英雄とは違う姿だった。 朝が苦手で、眼鏡を何度も壊し、くだらない冗談を言って仲間を笑わせる青年。 敵兵であっても戦えなくなれば負傷者として助け、仲間を置いて帰ることを嫌った兵士。 そして、何世代もの友人を見送りながら、自分だけが若い姿のまま生き続けた一人の男。 やがてエリシアは軍歴簿の最後のページへ辿り着く。 そこには―― 二つの日付があった。 一つは、 帝政暦527年11月25日。 レイヴン・クロウが、この世界に生まれた日。 そして、もう一つ。 それが何を意味する日なのかを理解した瞬間、エリシアは初めて悟る。 これは、《黒猫》という伝説を調べる物語ではない。 一人の人間が、 少年となり、 兵士となり、 《黒猫》となり、 歴史となり、 それでも最後まで「レイヴン・クロウ」という一人の人間であり続けた―― 二百年以上に及ぶ生涯の記録なのだ。 エリシアは軍歴簿を最初のページへ戻す。 そこには、まだ英雄も、戦争も、《黒猫》も存在しない。 ただ、一人の赤子の出生記録だけが残されている。 帝政暦527年11月25日――レイヴン・クロウ、生誕。 そして物語は、二百年以上の時間を遡る。 雪に覆われた辺境都市クロイツ。 一軒の診療所から響く、赤子の泣き声。 まだ誰も知らない。 その小さな命が、やがていくつもの時代を越え―― 最後には、もう一つの日付へ辿り着くことを。

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カクヨム
カクヨム2026/09/25
  • 現在の作品序章「二つの日付」《黒猫年代記付属短編》