あらすじ
異界門の再活性化を阻止するため、たった一人で門の向こうへ飛び込んだ帝国軍人――レイヴン・クロウ。
しかし任務を果たした彼を待っていたのは、紫色の空、二つの月、銀色の川が広がる未知の異界だった。
帰還門は消滅。
通信は不能。
残された食料は、わずか三日分。
救助を待つことさえできない極限状態の中、レイヴンは魚を捕り、水を確保し、小屋を建て、銃弾を温存するため槍や罠を作りながら、少しずつ異界で生きる術を身につけていく。
そんな孤独な生活の中で出会ったのは、黒い毛を持つ謎の異界生物だった。
何度追い出しても戻ってくるその生き物を、レイヴンはやがて――《クロ》と名付ける。
食事を分け合い、狩りへ出かけ、危険な夜には寄り添って眠る。
いつしかクロは、ペットでも相棒でもない。
レイヴンにとって、この世界でただ一人の家族となっていた。
だがある日、閉ざされていた異界門が再び開く。
その向こうから聞こえたのは、人間の銃声だった。
故郷へ帰れる。
長年願い続けた瞬間。
しかしレイヴンは、クロを戦場へ連れていくことができなかった。
「生きろ」
その言葉を残し、家族を異界に残して門をくぐる。
そして帰還した彼が知ったのは、あまりにも残酷な事実だった。
自分が異界で生きている間に、故郷では数十年もの歳月が流れていたのである。
かつての仲間も、街も、軍も変わった。
レイヴン・クロウという兵士さえ、とうの昔に《消息不明者》として歴史の中へ消えていた。
そして世界では、新たな戦争――
第三次異界戦争が始まっていた。
異界で培った知識と生存技術を武器に、再び戦場へ立つレイヴン。
新しい時代。
新しい仲間。
そして、新しい名前。
コールサインを尋ねられた黒猫は、異界に残してきた家族を胸に、一つの名を選ぶ。
《ウルフ》
それは、過去を捨てるための名前ではない。
二つの月の下で自分を孤独から救ってくれたクロと、共に生きた時間を忘れないための名前だった。
やがて《ウルフ》は、異界を誰よりも知る兵士として若者たちを率い、第三次異界戦争最大の反攻作戦へ身を投じていく。
「英雄になる必要はない。生きて帰れ」
かつて帰ることだけを願っていた黒猫は、
今度は誰かを帰すために戦う。
これは英雄の物語ではない。
故郷を失い、
異界で家族を得て、
その家族と別れ、
時代から取り残されながらも、
なお生きることを選び続けた一匹の黒猫の物語。
失踪者《クロウ》は、やがて戦狼《ウルフ》となる。