あらすじ
天正十年六月。信長が京で討たれたのち、畿内の諸将は動かなかった。
細川は髪を下ろし、筒井は城を出ず、高山も中川も光秀の誘いに乗らなかった。史書はそれを日和見と呼ぶ。
だが、彼らの足を止めたのは日和見ではない。仕掛けがあった。
藤内隆佐(とうない・たかすけ)。近江保内の商人である。
甲賀の山で母に育てられ、十二歳で父の家に呼び戻された非嫡出の子。
荷と、証文と、風聞。三つを技として、彼は保内の商人たちの中で頭角をあらわす。
そして誰にも教わらぬ技をひとつ、自分で編み出す。風聞を、荷と一緒に走らせること――風聞の道を。
勝った。勝ち続けた。
だが彼は、人を愛そうとして愛せない男でもあった。
本能寺の三か月前。技の頂点にあった七十二歳の春、離れに現れた黒田官兵衛が言う。もし信長が斃れたなら、天下の足を止めよ、と。
「遠くには死を、近くには生を。同時に」
家のために磨いた四十年の技が、天下の分け目を裏から動かす。
「三方よし」という言葉が、まだ影も形もなかった時代。
その源流を、荒々しい相論と情報戦の果てに独り勝ちの限界を知った一人の男に見出した物語。
名は記録に残らない。残ったのは、風聞の道だけである。
本編完結済み(全三十二話)、順次公開します。