あらすじ
舞台は進学塾だが、これはすべての一般企業にも通じる物語だ。
塾へ集まるのは、志望校合格を目指す子どもたちだけではない。わが子の将来に不安を抱える保護者、自分なりの正義を貫こうとする講師、数字と理想の狭間で揺れる教室長、そして現場へ次々と指示を下す本部の人間たち。
それぞれが、自分こそ正しいと思っている。
だからこそ、ぶつかる。
偏差値が足りない生徒に夢を追わせるべきか。それとも現実を見せるべきか。
本人のためを思って引き留めた退塾は、本当に本人のためだったのか。それとも教室の売上のためだったのか。
売り上げのみを追いかける教室長は悪人なのか。理想論ばかり語る講師は善人なのか。
答えは、いつも曖昧だ。
現場に立っていた頃、私は何度も人と衝突した。保護者に怒鳴られたこともある。生徒の将来をめぐって悩んだこともある。部下を守れなかったこともある。
そのたびに思った。
世の中は、思っているほど単純ではない。
嫌な上司にも事情があり、理不尽な保護者にも苦しみがある。生徒を追い詰める言葉の裏に、不器用な愛情が隠れていることもある。
そして何より厄介なのは、善人と悪人の対立ではない。
考えることをやめてしまうことだ。
教育か営業か。
理想か現実か。
生徒のためか、組織のためか。
その問いに正解はない。
それでも、自分の頭で考え続けなければならない。
本作は、塾講師として過ごした日々の実体験と見聞きした体験をベースに描く連作短編シリーズである。
受験の主役は子どもたちだ。
だが、その舞台裏では今日もまた、大人たちが迷い、苦しみ、ときに失敗しながら答えのない問いと向き合っている。
これは受験の物語であり、同時に働くすべての人への物語でもある。
受験の裏側で、大人たちは迷っている。
その迷いの中にこそ、人間らしさがあるのだと思う。