あらすじ
高瀬律には、ひとつだけ妙な力がある。
自分が意図してついた嘘を相手が信じると、その人の中で、その嘘に辻褄の合う記憶が生まれる。
「去年、一回勝ってなかった?」
そう言えば、なかったはずの勝利を思い出す。
「お前は転んでない」
そう言えば、目の前で転んだ本人が「滑っただけだ」と言い始める。
だから律は、その力を大したものだと思っていなかった。
少しくらいなら。
誰も困らないなら。
笑って終わる程度なら。
そんなふうに使ってきた。
高校二年の春。
クラス替えで、白石紬と隣の席になる。
一年の頃から顔だけは知っていた。
駅前で本を読んでいる、静かな女子。
そう思っていた。
けれど実際の白石は、雑巾リレーで全員を抜き、数学になると窓の外へ逃げ、妙な理屈で笑う、ごく普通の女子だった。
毎日少しずつ話す。
駅で会う。
どうでもいい話をする。
互いについて、少しずつ知っていく。
そのうち律は、白石にも小さな嘘をつく。
本当に、どうでもいい嘘だった。
ひとつ。
またひとつ。
けれど白石の中では、律が与えていない「続き」まで生まれていく。
行ったことのない場所。
したことのない会話。
好きだと言った覚えのないもの。
そしていつしか、白石の知っている「高瀬律」は、本人よりもずっと出来上がった人間になっていた。
――白石の中の俺、盛大なことになってない?
そう気づいた時には、たぶんもう遅い。
これは、嘘が本当になる話ではない。
嘘から生まれた思い出と、
本当に一緒に過ごした時間の間で、
二人が少しずつ、相手を間違えていく話。