あらすじ
「刺繍しか取り柄のない地味な女とは結婚できない!」
夜会のど真ん中で、王太子ユリウスに婚約破棄を告げられた伯爵令嬢リゼット。
彼女は静かに頷き、殿下の袖口から一本の糸を引き抜いた。
「では、お貸ししていたものを返していただきますね」
するする、するする。
殿下の服から、ほどけて消えていく銀の糸。
――五年間、毎晩ひと針ずつ縫い込んできた、防汚・防刃・体温調整・その他もろもろの守護刺繍である。
ワインをかぶり、くしゃみが止まらず、声まで裏返る殿下を横目に帰ろうとしたリゼットの前に、なぜか鬼の騎士団長が跪いた。
「……三年、あなたを探していた」
彼の外套の胸には、見覚えのある小さな青い鳥。
それは三年前、彼女が名前も告げずに縫った刺繍だった。
地味令嬢が、ほどいた糸の先で本当の居場所を見つけるお話。
(約5,000字・一話完結)