あらすじ

――その声は、本当に「俺」の意思なのか。 「お前が自分でそう設定したんだろ?」 三十歳の結城陸は、実家の一室に閉じこもっていた。 現実から逃げるため、頭の中で言葉を繰り返す。 僕。 オレ。 自分。 一人称さえ自由にすり替えながら、強い誰かを演じ、理想の自分をイメージする。 しかし、いつしかその「言葉」と「イメージ」は、陸自身の意思を離れて動き始める。 鏡に映る、自分ではない誰か。 頭の中から聞こえてくる、責任を押しつける声。 そして、原因も分からない身体の激痛。 嫌なことは隠せ。 お前が決めたんだ。 お前が設定したんだ。 責任を取れ。 逃げるな。 陸を追い詰めていくのは、目に見える敵ではない。 自分の内側に存在する「言葉」だった。 さらに現実の身体を襲う苦痛までが重なり、陸は次第に、自分が何を信じればいいのか分からなくなっていく。 言葉なのか。 イメージなのか。 記憶なのか。 それとも、この身体そのものなのか。 やがて陸は、絶望の底で一つの違和感に気づく。 言葉は、ただの言葉。 イメージは、ただのイメージ。 そして、物理的に起きていることと、それに人間が後から与えた「名前」や「意味」は、同じものではない。 だったら。 自分を責め続けるその声を、信じる必要などあるのか。 陸は初めて、自分の内側から聞こえてくる言葉に対して、自分の口で答える。 「断る」 それは、誰かに決められた言葉ではない。 脳内で作られた言葉でもない。 生身の口から、自分自身の意思で発した一言だった。 そして。 「イメージは見ない。思い出しただけ」 長い間、自分を閉じ込めていた「言葉の城」が崩れていく。 最後に陸を待っていたのは、特別な世界ではなかった。 古びたドア。 母親の声。 幼馴染が呼ぶ、本当の名前。 要介護となった父親の身体の重み。 汗を流す仕事。 トラックのエンジン音。 そして、腹を空かせて食べる特大ロースカツ定食。 どれも特別ではない。 だからこそ。 確かだった。 「結城陸」 三十年前、親から授かった名前。 それだけは、誰かが頭の中で作ったものではない。 陸は、自分の手でドアを開ける。 自分の足で外へ出る。 自分の身体で世界に触れる。 これから何をするのか。 どんな人生になるのか。 未来は、まだ何も決まっていない。 だからこそ。 自分で選べる。 自分で歩ける。 自分で生きていける。 これは、脳内の言葉に囚われた一人の男が、 「自分の意志」を取り戻し、 閉ざされた部屋から現実の世界へ帰っていくまでの物語。 ――未来は、未定でいい。 自分の人生を決めるのは、 頭の中の誰かではない。 自分自身だ。 そして陸は、今日も自分の口で呟く。 「……そうだ」

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カクヨム
カクヨム2026/09/24
  • 現在の作品ただの言葉に殺されていた俺が、自分の意志で「そうだ」と呟くまで