あらすじ
付き合って三年になる恋人から、プロポーズされた。
浮かれた気分のまま奏人を実家へ連れていった私は、両親から仕事や家族のことをいろいろ聞かれるくらいは覚悟していた。けれど玄関のドアが開き、母の志保が私の後ろにいる奏人を見た瞬間、その顔から笑みが消えた。
母は私の腕をつかみ、そのままキッチンへ引っ張っていく。
「千紗、あなた何を考えてるの? あの人、どう見たって九十近いおじいさんじゃない。まだ二十四なのに、どうしてあんな人と……」
何を言われているのか分からなかった。
振り返れば、リビングでは久我奏人が父のそばで果物を切っている。葉澄大学大学院修士課程二年。すっきりした黒髪に、まっすぐ伸びた背中。どこから見ても二十四歳の青年だ。
ところが父が差し出したスマホの画面には、まるで別人が映っていた。
果物を切っているのは、顔中に老人斑を浮かべ、震える手で包丁を握る老人だった。
一度目の人生で、私が自分の目を疑い始めたのも、ここからだった。
最後には精神科病棟へ入れられ、そこで死んだ。
次に目を開けたとき、私は奏人を実家へ連れていく前日に戻っていた。
だから今度は、彼が誰なのか伏せたまま、写真だけを家族LINEへ送った。
「お母さん、結菜が最近付き合い始めた人なんだけど。どう思う?」
すぐに電話がかかってきた。
「千紗、早く結菜ちゃんを止めなさい! あれ、車椅子に乗ったおじいさんじゃない。足元に尿バッグみたいなものまで見えてるわよ。騙されてるんじゃないの?」
私は画面を見下ろした。
白いパーカー姿の奏人が、店のメニューを眺めている。
若くて、清潔で、私が知っている彼そのものだった。
どうやら、人生をやり直しただけでは、あの悪夢は消えてくれないらしい。