あらすじ
フィリエンヌ・クラルヴェーゼが使える魔法は、火魔法だけ。
しかもその火は、蝋燭一本に灯すのが精いっぱいだった。
けれど、彼女は調合師だ。
小さな火を何時間でもほとんど同じ温度に保てるフィリエンヌは、薬や軟膏、香水、魔法インクを作らせれば、とびきり優秀だった。
亡き師匠が遺した古い魔法馬車。
その床下から出てきた、ふわふわの|綿雲狐《わたぐもぎつね》シュネリュ。
一人と一匹で移動調合屋を始めたフィリエンヌは、ある日、街道脇に倒れていた男を拾う。
レオナールク・ヴァイスフェルト。
強大な魔力を持ち、あらゆる属性の魔法を操り、剣も料理も野営も交渉も計算もできる、妙に何でもできる男だった。
一方のフィリエンヌが得意なのは、調合以外ほぼ何もない。
「昨日の売上は?」
「たくさん売れました」
「金額を聞いている」
「銀貨がいっぱいです」
「……今日から俺が帳簿をつける」
こうして始まったのは、調合しか見えていない魔女と、過去を語らない万能な居候と、一匹の狐による馬車暮らし。
薬草を追いかけ、依頼を引き受け、ときどき面倒事に巻き込まれながら、馬車は町から町へと旅をしていく。
いくつもの土地を巡り、いくつもの季節を越え、やがて少女は大人になっていく。
けれど彼女はまだ知らない。
自分の弱い火が、決してありふれたものではないことを。
彼が、なぜ王都から来た騎士を避けるのかを。
そして、この旅が二人をどこへ連れていくのかを。
これは、弱いけれど決して消えない、小さな火の物語。