あらすじ
一ノ瀬家には、娘が一人しかいないことになっている。
華やかな異能を持ち、誰からも愛される令嬢――一ノ瀬莉愛。
けれど、その屋敷の地下には、莉愛と同じ顔を持つ双子の姉・澪がいた。
存在を隠され、仮面をつけられ、妹の影として生きてきた澪。
自分の望みを口にすることも、嫌だと拒むことも知らない彼女へ、ある日、父親は命じる。
「莉愛になれ」
「御堂朔夜と結婚しろ」
「そして、嫌われろ」
政略結婚を拒んだ妹の代わりに、澪は莉愛として御堂家へ嫁ぐことになる。
相手は、日本有数の異能旧家・御堂家の三男、御堂朔夜。
優れた経営手腕を持ちながら、ただ一つ――異能を持たないという理由で、家族から価値の低い人間として扱われてきた男だった。
結婚を失敗させるため、澪は「悪い妻」になろうとする。
使用人を早く休ませる。
料理人を休ませて、自分で料理する。
働きすぎる夫の仕事を減らそうとする。
澪は本気で嫌われようとしているのに、なぜかすることすべてが善行になってしまう。
そして朔夜もまた、聞いていた「一ノ瀬莉愛」とあまりにも違う妻へ、少しずつ疑問を抱き始める。
命令されなければ水すら飲まない。
許可されなければ座ろうとしない。
何を聞いても、自分の希望だけは答えられない。
彼女は、本当に一ノ瀬莉愛なのか。
そんな中、偶然触れた二人の唇をきっかけに、異能を持たないはずだった朔夜の中で、何かが目を覚ます。
そして誰も知らなかった澪自身の力も、静かに動き始める。
他者を縛る力さえ《解放》する、失われた異能。
けれど、誰よりも他人を自由にできる澪は、自分が自由になる方法だけを知らなかった。
「お前はどうしたい」
初めて、命令ではなく意思を尋ねてくる人。
世界を《支配》する力を秘めながら、彼女だけは決して支配しようとしない男。
これは、存在を消されて妹の代わりに花嫁となった女性が、
「分かりません」
「嫌です」
「欲しいです」
「あなたがいいです」
そうやって少しずつ自分の言葉を取り戻し、
誰かの娘でも、
誰かの姉でも、
誰かの身代わりでもなく、
一ノ瀬澪として、自分の人生を選ぶまでの物語。