あらすじ
王都リュトラでは、雨は公共財ではない。
王家が管理する「雲帆塔」が雨雲を集め、街の各区画へ水を配る。その量は、貯水槽の水位と住民票から算出された「水税帳簿」によって決められる。多く納めた区画ほど多くの水を受け取り、記録のない者は、雨が降っても喉を潤せない。
十七歳の見習い水務官、ユノ・アマネは、水を操る魔法を使えない。その代わり、ひと口飲めば、その水がどこを通り、何に触れ、どのくらい前に誰かが帳簿から消したのかを読み取れる「水脈聴き」の感覚を持っていた。
ある日、ユノは王都中央の貯水槽で、帳簿上は満水なのに、下町だけが干上がっているという矛盾を見つける。上司に報告した彼女は、王都の水務局を混乱させた責任を取らされ、廃止予定の第十三貯水槽へ左遷される。
そこにいたのは、壊れた水門を素手で直す中年の整備士ガラドと、水税の制度を作った名門家の次男でありながら、家を追われた元帳簿係セイだった。
三人が第十三貯水槽で見つけたのは、水の盗難記録ではない。
毎年、雨の総量から決まって三パーセントだけが、帳簿に存在しない「空白区画」へ送られていた。そこには家も道路もない。地図にも、住民票にも載っていない。
水を盗んでいる犯人を探すだけなら、話は早かった。
だが、空白区画に暮らしていたのは、王都を支える水門工、墓守、炉番、病院の洗濯場で働く人々――制度の外に追いやられた者たちだった。彼らへ水を戻せば、王都の配水計算そのものが崩れる。
「正しい帳簿」と「生きている人間」のどちらを選ぶのか。
ユノは、数字の間に落ちた人々を拾いながら、水を止めることで王都を救うという、矛盾した仕事に踏み込んでいく。