あらすじ
人生の終わりを迎えようとしていた一人の女性・詩は、療養所の窓辺で、幼い頃から歌い続けてきた童歌を口ずさんでいた。
その歌が呼び起こしたのは、遠い昔の記憶だった。
戦火によって両親を失った少女時代。
ひとりで暮らす詩が、梅の木の下で出会った「坊ちゃん」と呼ぶ少年。
身分の違う二人は、誰にも知られない場所で少しずつ心を通わせていく。
少年が抱えていた家の重圧と、詩が抱えていた孤独。
梅の花と一つの童歌が、二人の心を繋いでいった。
やがて二人は一度離れる。
長い年月を経て、花街で再会した二人。
春真という名を持つその人は、そこで生きる詩を迎えに来る。
「怖いままでいい。だから、一緒に帰ろう」
その言葉に導かれるように、詩は再び彼のもとへ戻る。
やがて二人の間には娘が生まれ、その子は二人が出会った場所にちなみ、「梅」と名付けられた。
梅の花が咲く庭。
家族の笑い声。
母から受け継いだ童歌。
それは、詩が人生で初めて知った、かけがえのない幸せだった。
けれど、戦争は静かに、その日々へ影を落としていく。
そしてある春の日――。
詩が家を離れた、その日を境に、かけがえのない家族との時間は永遠に失われる。
残された詩は、長い年月を悲しみの中で生き続ける。
忘れれば、二人が本当に消えてしまうような気がした。
だから詩は、痛みさえも抱えたまま生きてきた。
そんなある春の日。
人生の終わりを前にした詩の前へ、一羽の鶯が現れる。
その鳴き声を聞いた瞬間、閉ざしていた記憶が少しずつ蘇っていく。
梅の花。
童歌。
少年との約束。
家族で過ごした春。
そして、長い人生の中で自分が歩いてきた道。
――自分は、何を愛していたのか。
――何を失ったのか。
――そして、自分はどこへ帰るのか。
これは、梅の花と一つの童歌に導かれながら、出会いと別れを繰り返し、長い人生という旅を歩いた一人の女性の物語。
すべてを失ったと思っていた彼女が、最後に見つける「帰る場所」とは――。