あらすじ
三十四歳の女医・高瀬凛は、結婚を目前にして婚約者の裏切りを知った。
相手は、大病院グループの跡取りである婚約者よりずっと若い女性。
しかも、彼の母親までその関係を知っていた。
「君も医者なら分かるだろ。子どものことを考えれば――」
年齢も、仕事も、これまで積み上げてきたものも、最後には「跡取りを産める女かどうか」で値踏みされた。
凛は婚約指輪を返し、結婚後には取れないと思って確保していた休暇を使って、ひとりノルウェーへ旅立つ。
冷たい雨。
灰色のフィヨルド。
深い森と、雪を残す山々。
旅の途中、雨を避けて入り込んだ古い石造りの監視塔跡で、凛は壁に埋め込まれた黒い石に触れる。
そこに刻まれていたのは、見たこともない文字。
――眠れぬ王が夜を取り戻すとき、門は再び開く。
次の瞬間、凛は見知らぬ森に立っていた。
そこで出会ったのは、冷たい眼差しをした一人の男。
剣を向けられているというのに、医師である凛が最初に気づいたのは、彼の顔色と疲れ切った目だった。
「……あなた、最後にまともに眠ったのはいつですか?」
男の正体は、北の地を治める国王。
長い戦と古傷のため、何年ものあいだ満足に眠れていなかった。
治癒魔法も薬草も効かない王に、凛は現代医学の知識と、亡き祖父をきっかけに自ら学んだ漢方や鍼の技術で向き合っていく。
少しずつ眠りを取り戻していく王。
そして凛もまた、この世界で初めて知る。
年齢でもなく。
子どもを産めるかでもなく。
誰かの妻としてでもない。
ただ、自分自身を見てくれる人がいることを。
けれど、王の眠りが深くなるほど、黒い石の門は再び目覚めていく。
彼を治せば、元の世界へ帰れる。
医師としての人生も、家族も、これまで築いてきたものも、向こう側にある。
それでも、この世界には彼がいる。
婚約者に裏切られ、人生を失ったと思っていた女医と、
誰にも弱さを見せられなかった眠れない北の王。
治療の終わりが、別れの始まりになる。
これは、冷たい北の地で始まる、少し大人の異世界恋愛。