あらすじ
あらすじ
薄明かりに包まれた早朝、怪奇小説家・詩乃の画面上に突如現れた、全角二文字分の不自然な空白。
彼女が深淵を覗き込み、執念で物語へと刻み込んだはずの言葉――「異常」。
だが、世界はその概念の存在そのものを、静かに否定し始めていた。
編集者の無垢な困惑、権威ある国語辞典からの消滅、そして検索エンジンが突きつける無慈悲なヒット件数ゼロ。
社会的認識の底流から決定的な言葉が削ぎ落とされた時、世界の理(ことわり)は音もなく歪み出す。
言葉の消滅は「異常」だけに留まらず、人間の精神の暗部を繋ぎ止めていた「狂気」を奪い、やがてその対極にあったはずの「健全」すらも存在理由を喪失させていく。
善と悪、正義と過ち、評価と選択。
あらゆる高低差と摩擦を奪われた世界は、誰も傷つかず、誰も狂うことすらできない、完璧に均一で平坦な無音の地獄へと変質していく。
言葉を失い、自らが壊れていることにすら気づけなくなった人々の中で、唯一、世界の変質と孤立に抗う詩乃。
彼女は自らの血を流し、爪を割りながら、絶望の淵で言葉を取り戻そうと足掻く。
しかし、概念の死は静かに、そして不可逆的に彼女の自我を侵食していく。
やがて自らの名前すら思い出せなくなった彼女を待つのは、存在の救済か、それとも調和された無への溶融か――。