あらすじ
ザハルは、人間たちが千年にわたって恐れ続けてきた魔王だ。
世界を一言で書き換える力を持ち、四天王を従え、魔族の頂点に君臨する最強の存在。
だが欲しいものは何もなく、世界征服すら「面倒だ」と放置し、千年のあいだ玉座からほとんど動かなかった。
俺のことだ。
ある雨の日、見知らぬ少女に突き飛ばされた。
崩れてくる石壁から、俺を庇ったらしい。俺は石壁ごときでは死なないのだが。
「生きてればいいってもんじゃないでしょ!」
怒鳴られた。千年で初めてだった。
少女の名はエルシア。その後、勇者に選ばれた。
翌日、なんとなく様子を見に行った。その次の日も行った。気づけば、明日が来るのを待っていた。
だから今、俺は人間の剣士「ハル」として、勇者一行に同行している。
経歴は完璧だ。演技力はない。所属を聞かれたので「第三の第三だ」と答えた。問題はない。
世界を書き換える力は、推しの安眠と通り道の安全に使っている。聖騎士には疑われ、潜入中の部下は胃を押さえ、人間も魔族も何やら深読みしているようだが、よく分からない。
ひとつだけ、気になることがある。
エルシアは時々、まだ起きていない不幸を知っているような顔をする。
理由は知らない。
あの娘が笑っていれば、それでいい。
エルシアの笑顔のためなら、世界くらいいくらでも救ってやろう。