あらすじ
六十歳で仕事を辞めた景司は、古い押し入れの中から一冊の日記を見つける。
そこに書かれていたのは、十八歳の自分だった。
貧しい故郷・野口を出て、夢を求めて東京へ向かった青年時代。粗末な下宿、安いうどん、パンの耳。そして食堂で働いていた美代子との淡い恋。卵を一個入れてくれたうどんの味は、六十歳になった今も忘れられない。
やがて景司は仕事に打ち込み、「永久機関」と呼ばれるほど働くようになる。功績を人に譲り、母からの手紙を後回しにし、美代子との約束も果たせないまま、年月だけが過ぎていった。
母を亡くし、美代子とも別れ、定年を迎えた景司は、初めて自分の人生を振り返る。
果たして、自分が追い続けてきた「夢」とは何だったのか。
故郷・野口へ戻った景司は、古い家、母の茶碗、川の流れ、一本の木を前にして、若いころには気づかなかった人生の意味を知る。
夢とは、遠くへ行くことではなかった。
誰かと食べた一杯のうどん。
母の握ったおにぎり。
誰かのために差し出した手。
そして、自分の歩幅で歩いてきた長い道。
六十歳の景司は、新しい日記を開く。
そこには、たった一行の言葉が記される。
「ここから、もう一度。」
人生は終わるのではない。
歩くことをやめないかぎり、夢はまだ続いている。