あらすじ
大正から昭和へと移り変わる激動の時代に、主人公タヱは「女は創作の場に立てない」という常識の中で生きていた。
絵も彫刻も、芸術と呼ばれるものは上流階級の男性だけに許された世界。職人の家に生まれたタヱでさえ、創作に触れられるのは「手伝い」の範囲に限られていた。
しかし、彼女の胸の奥には、誰にも言えない小さな炎があった。
人形をつくりたい。
自分の指先で、誰かの心に触れる形を生み出したい。
その願いは、時代の価値観に押しつぶされそうになりながらも、消えることはなかった。
そんなタヱの人生が大きく動き始めるのは、大正時代の流行作家、松久大夢蒼との出会いからである。
松久は人形とは何か?芸術とは何かをタヱに伝えた。彼の創作に触れたとき、タヱは初めて「自分もつくっていいのだ」と思えた。
やがてタヱは、創作を禁じる社会の壁、家族の期待、女性であることへの偏見と向き合うことになる。
それでも彼女は、人形を通してしか語れない想いを形にし続ける。
喪失を抱えた者を慰めるための人形。
未来へ進む勇気を与える人形。
誰にも言えなかった痛みをそっと包む人形。
それらを作るため人形師の兄、学校の友達とともに奮闘を開始する。
本作は、華やかな成功譚ではない。
むしろ、名も無き女性が時代の制約を越え、自分の創作を「生きる理由」として掴み取っていく物語である。
タヱの指先が紡ぐ人形は、彼女の迷い、祈り、愛、そして失われたものへの静かな赦しを宿しながら、確かな命を帯びていく。
創作することを許されなかった時代に、それでも創作を選んだ一人の女性の大河浪漫。
タヱの歩みは、名も無き者たちが積み重ねてきた「生きるための芸術」の記録であり、ものづくりに心を捧げるすべての人へ捧げる物語である。