あらすじ
「お前との婚約を破棄する」――大聖堂に響いた王太子の言葉に、公爵令嬢セレスティアはただ静かに一礼した。
前世は現代日本の社畜。過労で倒れ、剣と魔法の世界『アルカディア王国』に転生した彼女が授かった血族ギフトは『忘却の対価(レーテ・オファリング)』。強大な魔法を使うたび、代償として自らの『記憶』を失う力だった。
この十年、彼女は王都を蝕む瘴気を封じる結界樹を、たった一人で維持し続けてきた。国境の魔物を封じ、疫病を鎮め、飢饉を退け――その引き換えに、父の温もりも、母の子守唄も、友と笑った日々も、一つずつ手放して。
誰もその理由を知らず、彼女は『氷の令嬢』と蔑まれてきた。
弁明する気も、もうない。ただ彼女は告げる。
「では、王家に貸し与えていた『すべて』を、返していただきます」
それは持参金の話ではない。彼女が国のために燃やし尽くした、十年分の記憶――。
社畜の矜持で完璧な引き継ぎ書を残し、彼女は静かに王都を去る。婚約を破棄した王太子が、その言葉の意味を思い知るのは、そう遠い日のことではなかった。
忘れることでしか国を守れなかった令嬢の、失った記憶と、これから紡ぐ新しい記憶の物語。
「忘れたものを嘆くより、これから覚えることのほうが、ずっと多いのですから」