あらすじ
「お前はもう、綺麗な空には戻れないよ」
過酷な過去を背負い、自らすべての罪を被って服役した男・小坂馨。
彼の犠牲によって惨劇から救われ、新しい名と優しい夫、そして誰もが羨む静かな平穏を手に入れた今井莉子。
かつての狂気は風化し、完璧な幸福の中で生きていく——はずだった。
しかし、一通の「馨が出所した」という報せが、莉子の日常を激変させる。
胸を突くのは、男への激しい憎悪。自分を弄び、人生を壊した悪魔への殺意。
……だが、憎しみを燃やせば燃やすほど、莉子の脳裏には馨から与えられた強烈な恐怖と甘美な記憶が蘇ってしまう。夫の温かな愛撫では決して届かない魂の深層を苛むその痛撃こそが、彼女にとって唯一の「生の実感」だったのだ。
馨が遺していったのは、ただのトラウマではない。
憎悪を抱くほどに狂おしい媚薬へと変わり、理性を溶かしていく極悪な「毒」。
狂気に突き動かされ、手に入れた幸福も、愛する夫もすべてを投げ捨てて雨の街へ走り出す莉子。辿り着いた薄暗い路地裏で待ち受けていたのは、すべてを見透かしたような冷たい瞳の馨だった。
追う夫の狂執、断ち切られた日常、そして果てなき逃避行。
救いも希望もない暗闇の中、毒を喰らい、毒に侵されながら溶け合っていくふたり。
——これは、正気の空を永遠に失った男女が手繰り寄せる、地獄よりも甘美で、哀しくも激しい「破壊と依存」の物語。