あらすじ

廊下に果歩が立っていた。 打ち上げの日に着ていた、機構の薄い作業着。左の肩から腹までが、乾ききらない赤で塗られている。髪が首に貼りついていた。靴を履いていない。 「逃げて」 最初に出たのが、それだ。 俺は口を開けて、何も言わずに閉じた。もう一度開ける。 「……誰だ」 「直人」 「誰だって聞いてる」 果歩が上がってきた。土間で足を止めないことに、この人は気づいていない。裸足のままフローリングに赤い跡を置いて、俺の手首を掴んだ。 冷たい、という言い方は正しくない。氷は冷たい。これは、手首の内側から熱を引き抜いていく側の冷たさだった。二秒で指の感覚が鈍った。 俺は引き剥がした。 「あんたが誰か知らないが、あの人は今日、死んだ。全国で流れた。さっき見た」 「見たね。そう報じられることは、知ってた」 「じゃあ証明しろ」 果歩は玄関を振り返った。 「その鍵、まだ直してない」 「それは」 「直そうって言ったの私。今度やるって言ったのあなた。引っかかるたびに舌打ちして、そのあとで必ず謝るでしょう。誰にも言ってない」 俺は黙った。 鍵の話を外でしたことはない。舌打ちのほうは、自分でも忘れているつもりでいた。

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カクヨム
カクヨム2026/09/20
  • 現在の作品妻は太陽系の外で死んだはずだった