あらすじ

昭和三十六年、大阪。 母に捨てられた十八歳の森川澪は、生きる金を得るため、花園町の料亭に入る。そこで与えられた名は「麗奈」。客の前では「薔薇」と呼ばれ、その若さも身体も、夜ごと値段をつけられた。 最初の客となった金融ブローカー・結城圭吾に見いだされ、麗奈はやがて東京へ渡る。高度経済成長と五輪景気に沸く銀座で、クラブ「薔薇館」の女主人となった彼女は、政治家、官僚、実業家たちの欲望と秘密を読み取り、夜の街に自分の居場所を築いていく。 しかし、薔薇館に集まる情報の奥には、政界を牛耳る岡崎家の汚職と、消えた母の過去がつながっていた。麗奈を守ろうとしながら所有しようとする圭吾。正義を掲げながら彼女を記事にしようとする記者・相原。愛よりも戸籍と生活を求めるヒカル。それぞれの思惑が絡み合い、麗奈は再び、誰かの都合によって人生を値踏みされていく。 国が過去を忘れ、輝かしい未来へ走っていた時代。麗奈は男たちの愛や正義に救われるのではなく、自分の名前で生きる道を選ぼうとする。 これは、伝説の娼婦となった女の物語ではない。 他人につけられた名前を捨て、一人の人間として朝へ歩き出した女の物語である。 登場人物 麗奈 本名は森川澪。十八歳で大阪・花園町の料亭に入り、「麗奈」という名を与えられる。客の靴や爪、沈黙から、その人物の欲望や嘘を見抜く鋭い観察力の持ち主。捨てられることを恐れるあまり、自分から人との関係を壊してしまう。やがて銀座のクラブ「薔薇館」の女主人となり、男たちに値段をつけられる側から、自ら人生の値段を決める側へと変わっていく。 結城圭吾 大阪の繊維会社や政財界に出入りする金融ブローカー。洗練された物腰の内側に、戦後の闇市を生き抜いた冷酷さを持つ。麗奈に店を与え、彼女を夜の世界から救い出そうとするが、その愛情には強い所有欲が混じっている。守ることと支配することの違いを、最後までうまく理解できない男。 相原涼 正義感と野心を抱く若き新聞記者。薔薇館へ出入りするうちに麗奈を情報源として利用し、同時に彼女へ惹かれていく。人の痛みを記事として整えることには長けているが、書かれる側の沈黙を理解できない。平成末期、老いた相原が麗奈の物語を語るところから、本作は始まる。 ヒカル 本名は久世光江。満洲からの引揚者の娘で、英語と速記、並外れた記憶力を武器に夜の街を渡ってきた。圭吾の命を受けて岡崎家を探る情報収集役。麗奈と同じく身体と美貌を武器にするが、感情さえも取引材料として扱う現実主義者。麗奈とは恋敵として対立しながら、次第に危うい共犯関係を結んでいく。 岡崎明臣 政界の実力者・岡崎宗一郎の長男。麗奈を社交上の同伴者として迎える。気弱で父に逆らえず、麗奈の前でだけ「役に立たない息子」の顔を見せる。悪人になりきれない弱さを持つ一方、その弱さによって他人へ責任と犠牲を押しつけてしまう人物。 森川千代 麗奈の母。夫の死後、幼い娘を親類へ預けたまま姿を消した。麗奈は男と逃げた母を憎んでいるが、その失踪には岡崎家につながる借金が関係している。娘を守ろうとしながら、結果として娘に「捨てられた記憶」を残した。愛情と身勝手さの双方を抱えた、不器用な母親。 岡崎宗一郎 道路、港湾、再開発をめぐる利権を束ねる保守系代議士。声を荒らげることなく、相手が自ら服従を選ぶよう仕向ける。「国を豊かにするには多少の泥が要る」と信じ、犠牲を発展のための必要経費として扱う。麗奈を一人の女として軽視したことが、やがて自らの足元を崩していく。

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カクヨム
カクヨム2026/09/19
  • 現在の作品朝になったら、薔薇を捨てて