あらすじ
「君は、細かすぎるんだ。そんな帳簿ばかり見ていて、何が楽しい?」
侯爵令嬢エレノア・ヴァルセインは、婚約者であるグランヴェル公爵家嫡男ルシアンのため、家のために、契約や帳簿、支払い、税金、人件費まで細かく管理していた。
誰かが忘れる前に確認し、問題が起こる前に手を打つ。
それがエレノアにとっては当たり前の日常だった。
けれど、ルシアンも、その母ヴェロニカも、彼女の仕事を評価することはなかった。
それどころかルシアンは、病弱な令嬢セレネを優先してばかり。
そしてある日、ついにエレノアへ告げる。
「セレネを愛している。君との婚約は破棄する」
「承知しました」
エレノアは引き留めることも、泣き縋ることもしなかった。
これまで管理していた契約書や帳簿を整理し、必要な引き継ぎをすべて終えると、静かに公爵家を去った。
――もう、私の仕事ではないのだから。
ところが、彼女がいなくなったグランヴェル家では、少しずつ異変が起こり始める。
支払い期限が過ぎる。
契約の確認が抜ける。
資金繰りが合わない。
小さな問題が重なり、商人からの信用まで失われていく。
それでも彼らは気づかない。
エレノアが「細かすぎる」と馬鹿にされながら続けていた仕事こそが、家の損失を未然に防いでいたことに。
一方、エレノアは亡き母が残した小さな屋敷と古い取引先を頼りに、自分自身の力で新しい人生を始める。
そんな彼女の能力に目を留めたのは、王都でも名高いアルヴェール公爵家当主、アレクシスだった。
「あなたを雇いたい。あなたの能力には、それだけの価値がある」
初めて自分の仕事を正当に評価してくれたアレクシス。
彼はエレノアを「元婚約者」でも「哀れな令嬢」でもなく、一人の有能な人間として扱った。
意見を求め、功績を認め、彼女自身の選択を尊重する。
そんなアレクシスと仕事をするうちに、エレノアの才能は公爵領の経営にも大きな変化をもたらしていく。
そして、ようやくルシアンも気づき始める。
自分が捨てたのは、ただの婚約者ではなかった。
家の未来を支えていた、大切な存在だったのだと。
「もう一度、僕の婚約者になってほしい」
そう願われても、エレノアはもう戻らない。
「私は、必要とされるために誰かのそばにいるつもりはありません」
捨てられた令嬢が、自分の才能と新しい居場所を手に入れ、本当の愛に出会う。
そして彼女を手放した者たちは、自分たちが何を失ったのかを、遅すぎるほど思い知ることになる――。