あらすじ
彼女の心の支えは、戦時中の慰問の手紙から始まった、名前も顔も知らない相手との文通。
今夜も丸い癖字で、手紙の中の「あの人」にだけ本音を打ち明ける。
――新しい雇い主の方が、少し怖いです。
その手紙が、中庭をはさんだ向かいの執務室に届いていることも、戦で右手を痛めた辺境伯が、左手で不器用な返事を書いていることも、
彼女はまだ知らない。
屋敷では端正な字を書く令嬢と、手紙の中でだけ優しくなれる辺境伯。
毎日顔を合わせているのに気づけない二人の、手紙と現実が交差するじれじれ両片想い。
中庭ひとつ分の距離を、ひと月かけて届く恋の物語。