あらすじ
伯爵令嬢エレオノーラは、幼い頃から「お嬢様」として生きてきた。
礼儀作法も、社交も、婚約者との付き合い方も。
けれど二十四歳のある日、長年の婚約者から突然、婚約破棄を告げられる。
さらに家族からも見放され、彼女は生まれ育った伯爵家を追い出されてしまう。
行く場所を失ったエレオノーラが思い出したのは、五歳まで自分の世話をしてくれた乳母、マーサだった。
マーサは屋敷を辞めたあと故郷へ戻り、今では十九歳の息子ルーカスと小さな喫茶店を営んでいるという。
「……おばさんのところへ、行ってみよう」
それだけを頼りに田舎町を訪れたエレオノーラ。
そこで待っていたのは、彼女が初めて出会う乳母の息子だった。
「あなたが……エレオノーラ様?」
「……もう、お嬢様ではありません」
何もできない元伯爵令嬢は、喫茶店の給仕として働くことになる。
珈琲を運び、紅茶を淹れ、皿を洗い、失敗しては叱られる。
そんな毎日の中で、常連客の何気ない言葉や、マーサの変わらない優しさに触れ、エレオノーラは少しずつ笑うことを思い出していく。
そして、いつもそばにいるルーカスとの距離も、ゆっくりと変わっていく。
けれど二人の間には、ひとつの秘密があった。
ルーカスの父親は、誰なのか。
マーサが屋敷を辞めた時期。
エレオノーラとルーカスに時折見つかる、よく似た癖。
同じものを好む食べ物。
そして、昔から消えることのなかったひとつの噂。
「もしかして、あなたのお父様は……」
過去の記憶と小さな疑惑を抱えながら、それでも二人は同じ店で日々を重ねていく。
婚約を失った令嬢が見つけるのは、新しい身分でも、華やかな玉の輿でもない。
一杯の紅茶を飲みながら笑える場所。
「おかえり」と言ってくれる人。
そして、
自分が自分らしくいられる居場所。
これは、すべてを失った一人の令嬢が、小さな喫茶店で新しい人生と恋を見つけていく物語。