あらすじ
煙草は、もう存在しない。
禁止されたわけではない。
ただ、作る者も、売る者も、吸う者もいなくなった。
残ったのは記録だけ。
鼻をつく匂い。
喉の焼ける感じ。
肺に落ちる重さ。
かつて人間が「喫煙」と呼んでいた感覚は、データとして保存され、文化保存局の管理下に置かれている。
俺の仕事は、その管理だ。
分類、整理、劣化チェック。
そして、必要に応じた再生確認。
端末に残された「嗜好品/喫煙」の最終更新は二十七年前。
利用者は、ほとんどいない。
それでも俺は、今日も再生する。
――あくまで、業務として。
煙草そのものが好きだったわけじゃない。
ただ、あの時間が心地よかった。
言葉を使わなくていいのに、一人ではない。
もう誰も吸わなくなった煙草の感覚を、ひとり再生し続ける男。
失われた習慣と、そこに残された「誰か」をめぐるSF短編。