あらすじ
妻を亡くして三年。
印南静流は代用教員の仕事も辞め、故郷の村で、ただ山と海を眺めながら日々を過ごしていた。
そんな彼に義父が任せたのは、港町・神内の小さな下宿――「風見館」。
風見鶏のきしむ木造二階建て。
止まったままの古時計。
七つの部屋と、少しばかり訳ありな住人たち。
世話焼きな夜の町のお姉さん。
何もかもお見通しのおばあちゃん。
原稿に詰まると泣いて逃げ出す物書き。
事情を抱えた母と九歳の娘。
そして――
決められた結婚から逃げるように故郷を飛び出し、この町で自分の未来を探している女性。
煉瓦道を市電が走り、ジャズが流れ、港では蒸気が白い息を吐く。
けれど坂の途中には古い祠が残り、山には今も、人の知らない何かが息づいている。
新しいものと古いもの。
山と海。
過去を抱えた人と、未来を探す人。
全部が入り混じったこの町で、
静流の止まっていた時間も少しずつ動き始める。
これは少し可笑しくて、どこか懐かしい、恋と日常の物語。
忘れるためではなく大切に抱えたまま、前へ進む物語。