あらすじ
仕事に行って、コンビニに寄って、帰って寝る。
そんな生活に少しだけ違うものを混ぜたくて、僕は中古のデジカメを買った。
試し撮りしたのは、いつもの六畳。
畳の上の洗濯物。安いローテーブル。飲み終えたペットボトル。薄いカーテン。
そして、いるはずのない女。
白い服を着て、畳につくほど長い黒髪で顔を隠した女が、写真の中にだけ写っていた。
最初は怖かった。
写真を削除して、毛布にくるまって動けなくなった。
それなのに、次の日も僕はシャッターを切った。
彼女は畳に寝転がっていた。
窓の外を眺めていた。
ベランダに来た猫へ手を伸ばしていた。
何度撮っても、顔を上げればそこには誰もいない。
けれど写真の中では、彼女にも彼女なりの時間が流れているように見えた。
気づけば僕は、帰宅するとカメラを手に取るようになっていた。
部屋を片づけた。
窓際にクッションを置いた。
途中で読むのをやめていた本を、また読むようになった。
別に、彼女のためじゃない。
部屋がきれいなほうが気分がいいから。
クッションは僕も使えるから。
本だって、自分が読みたかったから。
――そういうことにした。
写真にしか写らない彼女と、彼女を撮ることで少しずつ変わっていく僕。
六畳一間で始まる、名前も知らないふたりの話。