あらすじ
明治二十三年、浅草。
「死んだ人の瞳には、最後に見た光景が焼きつく」――西洋から届いたその新説に、新聞も警察も沸き立っていた。
写真館を継いだ露木玉緒は、変死体の顔を撮る「死に顔写真師」。
白い手袋の指で亡骸の瞼をそっと開き、拡大鏡をのぞき込み、涙ぐみながら告げる。
「……見えます。この方が最後に見たのは、あなたの顔です」
けれど、網膜に犯人の顔など写らない。
それを世界でいちばんよく知っているのは、玉緒自身だった。
父はその学説を信じて無実の男を絞首台に送り、失意のうちに世を去ったのだから。
だから彼女は、同じ嘘で犯人を撮る。
像が消えるまで、猶予は半日。存在しない写真を突きつけられると、人の顔は真実よりも雄弁になる。怯える者、かばう者、安堵する者。
泣き虫で、頼りなくて、死者の前では手が震える写真師。その白い手袋が外れるとき、完全犯罪は露見する。
――ただ、ひとりだけ。嘘の写真を前にしても、顔色ひとつ変えない男がいた。