あらすじ
これは、《阿呆》と呼ばれ続けた私が、私の内部に存在する《違和感》の輪郭を掴もうと足掻く話である。
《違和感》と言っても、この言葉は見かけ以上に複雑でさまざまな状況を含有している。
抽象的で曖昧な物言いは時に誤解を招くことすらあることを踏まえると、私はここでその《違和感》の具体例を提示すべきなのであろう。
例えば、以下のようなものだ。
私の前を歩く友人達は、私が『名前を知る』人物の話をしている。
《八代先生》が《えも先》に告白したらしい。
《えも先》はイギリスの詩を引用してそれを受け入れたらしい。
私も、《八代先生》と《えも先》を知っている。
しかし、私の知る《八代先生》と《えも先》のイメージが、どうにも彼女達の会話と合致しない。
ぎこちなく会話を取り繕ってみれば、友人は私に笑ってこう言った。
『ほんと、しずって《阿呆》だよね〜』
……以上が私の感じた最初の《違和感》の、言わば簡略版である。
改めて、私からの必死の願いを聞いてほしい。
見てほしい。私の記録を。
聞いてほしい。私の体験を。
感じてほしい。胸中に疼く不快感を。
そして、教えてほしい。私に何が起こっているのか……