あらすじ
楢岡藩の薬園番、戸川弥之助。二十三歳。
口数が少なく、草木の世話が丁寧で、城下の年寄りや子どもに慕われる、おとなしい若者である。
半月前、幼なじみの早苗との縁組みが、相手の家から一方的に断られた。
「これでよかったのだ」と、弥之助は自分に言い聞かせている。
彼にはもうひとつの顔がある。
藩の記録に名の残らない隠密の組「下掃除」。
表沙汰にできない始末を、誰にも知られずにつける者たちである。
居所を知られるな。奇襲のほかは狙うな。狙われていると悟らせるな。
亡き父から叩きこまれた心得を胸に、弥之助は命じられるまま人を斬る。
そして命じられないところで、市井の誰かの涙に、そっと落とし前をつける。
借金の形に売られかけた娘。凍える川で死んだ人足。声を失った幼い子。
小さな事件のひとつひとつが、やがて藩の奥深くに巣くう闇へとつながっていく。
兄弟子との対決、組との決別、そして、早苗が胸に秘めていたこと――。
霜の朝から萩の咲くころまで。
薬草の匂いのなかで生きる、ひとりの忍びの一年を描く連作時代小説。
全八話完結。