あらすじ
泥水を浴びせられた瞬間、胸を満たしたのは冷たい安堵だった。
身に覚えのない罪を背負わされ、実家からも婚約者からも切り捨てられた。
誰かの身代わりにされるだけの人生なら、もういらない。
北の果てにある不毛の地へ送られることになっても、少しも惜しくはなかった。
凍てつく荒野で生き抜くために、胸に秘めた化学の知見だけを頼りに前を向く。
土の冷たさも、吹雪の厳しさも、工夫次第で変えられるはずだった。
けれど、迎えてくれた元敵軍の司令官は、あまりにも不器用な人物だった。
冷酷な武将と恐れられる彼から投げつけられる言葉は、なぜか耳を赤く染めた動員令ばかり。
泥にまみれた手を取る指先の震えも、命を預けると叫ぶ横顔も、私の知る軍令の冷徹さとはかけ離れている。
これは過酷な最前線への配置転換なのか。
それとも、すべてを懸けた誓いなのだろうか。