あらすじ
「お前は聖女じゃない。ただの計算係だろう?」
地上二千メートルに浮かぶ天空大聖堂〈アウロラ〉。その浮遊祭壇で、わたくしは婚約破棄を言い渡されました。相手は大司教補オルド様。悪意はございません。この方は本当に、わたくしを「解放してやっている」とお思いなのです。
十二年間、帳面を書き写すだけの地味な記録係。――ええ、周囲はそう思っております。
ですが前世のわたくしは、過労死した建築構造設計士でした。毎晩ランプ片手に回廊を歩いていたのは写経ではございません。香炉台を四センチ北へずらし、荷重を数え、この大聖堂が落ちないよう支えていたのです。当たり前を守る仕事は、成功しても誰にも見えません。前世でも、今世でも。
ですから、わたくしは微笑んで申し上げました。
「本日付で、聖務記録係の職を辞させていただきます」
三百年前の保守契約、第九条。『記録係が職を離れた場合、浮力維持責任は教会側に移る』――読まずに署名なさった音は、三百年続いた均衡が切れる音でございました。
聖女様の祈りは、たしかに光ります。けれどあれは照明です。浮力ではございません。
大聖堂に空いた穴は、三箇所。さて、どなたが埋めてくださるのでしょうか。
泣きわめかず、復讐もせず、ただ淡々と見積書を差し出す。構造屋は依頼主を選びます。
「追加調査は、別途見積もりとさせていただきますね」
静かに効く、ざまぁと再評価の物語。