あらすじ

彰人と小さな結婚式を挙げてから、七年目の記念日だった。 その日、私は同僚の森川奈緒から、急きょ一件の離婚相談を引き受けることになった。 「この奥さん、今年だけでもう十一回目。離婚したいって相談に来るたび、旦那さんまで追いかけてくるの。泣くわ、土下座するわ、プレゼントは持ってくるわで毎回大騒ぎ。結局いつも仲直りして帰っていくんだけど、こっちはそのたびに書類を作り直し」 奈緒はうんざりした顔でファイルを差し出した。 「毎回きちんと相談料は払ってくれるし、今日だけ代わってくれない? 真琴たち、もう少し広い家に引っ越したいって言ってたでしょ」 スマートフォンには、三十分ほど前に彰人から届いたメッセージが残っていた。 急な仕事が入り、今夜は戻れそうにない。 予約していた店も、すでにキャンセルしてある。 せっかくの記念日がなくなったのなら、一件くらい仕事を増やしても同じだと思った。 「分かった」 ファイルを受け取り、依頼人の欄を見る。 久我美月――旧姓、西園寺。 その下に、配偶者の名前があった。 久我彰人。 指が止まった。 一緒に暮らして七年になる男と、まったく同じ名前だった。 同姓同名なんて、珍しくてもあり得ない話じゃない。それに、私の知っている彰人は、人に頭を下げることさえ嫌うような男だった。 以前、冗談めかしてこう言ったこともある。 「俺の人生に、誰かに跪いて許しを乞うなんて選択肢はないから」 その彰人が、一年に十回以上も妻を追って法律事務所へ来るはずがない。 相談票にざっと目を通す。 婚姻期間は六年。 子どもが二人。長男の理玖は八歳、長女の莉央は六歳。 理玖については、婚姻前に彰人が認知済みと記載されていた。 住所は澄川市瑞穂丘。 そこまで読んでも、まだ自分とは無関係の「同姓同名の誰か」だと思っていた。 私はファイルを閉じ、相談室のドアを開けた。 そこで、足が止まった。 仕事で遠方にいるはずの彰人が、床に膝をついていた。 ジャケットは脇に放り出されている。普段ならネクタイが少し曲がっただけでも気にする男が、ソファに座った女の両手を握りしめていた。 「美月、本当に悪かった。もう一度だけ許してくれないか」 女が答えるより先に、彰人が私に気づいた。 取り入るような笑みが、そのまま固まった。

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小説を読もう2026/10/05
  • 現在の作品離婚弁護士になって最初の依頼。被告は私の夫、原告はその「正妻」だった