あらすじ
父が経営する、八十三室のホテル。
高校二年、十七歳の私は、毎朝五時半から授業前までそこで働いている。
眠い。だるい。
友達はまだ寝ている時間に、パンを補充して、コーヒーカップを下げ、知らない誰かが使ったシーツを剥がす。
最初は、それだけの仕事だと思っていた。
毎週コーヒーを二杯飲む男。
朝から腹が立つくらい幸せそうな大学生カップル。
年に二度だけ泊まりに来る老婦人。
そして、受験を控えているらしい、自分と同じくらいの女の子。
ホテルを通り過ぎていく、名前も知らない人たちの朝。
彼らを見ているうちに、私は少しずつ気づき始める。
私が並べたクロワッサンを、誰かが食べる。
私が淹れ直したコーヒーを、誰かが飲む。
私が伸ばしたシーツで、今夜、知らない誰かが眠る。
その人は、私の名前を知らない。
私も、その人の人生を知らない。
それでも、たぶん世界は、そういう小さな仕事の続きを渡し合いながらできている。
――まあ、彼氏持ちの女の子は、やっぱりちょっと羨ましいけど。