あらすじ
腰まで届く黒髪を、父の思い出とともに守り続けてきた三十二歳の真帆。ある日、幼い頃から通っていた古い理容室から、閉店を知らせる葉書が届く。
最後の客として父と同じ理容椅子に座った真帆が告げたのは、毛先を整えるだけの散髪ではなかった。
白いケープに包まれ、太い黒髪の束へ鋏が食い込む。背中から重みが消え、耳と襟足が露わになり、低く唸るバリカンが頭に最初の道を刻んでいく。三ミリの坊主になったはずの真帆は、鏡を覆った布を開かせないまま、さらに短い場所へ進むことを選ぶ。
床を埋めていく黒髪。髪に隠されていた頭の丸み。剃刀が滑るかすかな音。そして、最後まで鏡を見ないという約束――。
髪を失う恐怖と、戻れない変化への高揚。長い髪に閉じ込めていた過去を手放し、本当の自分の輪郭に触れるまでを濃密に描いた、理容室を舞台とする変身心理小説。