あらすじ
小春は、いつも笑っている。明るくて、優しくて、誰とでも仲良くできる。頼まれごとをされれば「いいよ」と答え、嫌なことがあっても「大丈夫」と笑う。周囲からは「悩みなんてなさそう」「小春って優しいよね」と言われる彼女だが、その笑顔の裏では、いつも誰かの顔色をうかがっていた。嫌われたくない。誰かに必要とされたい。自分の言葉で誰かを傷つけたくない。そう考えるうちに、小春は少しずつ、自分の本当の気持ちを見失っていく。
そんな小春にも、かつては自分の気持ちを素直に言える時期があった。中学生の頃の彼女は、嫌なことには「嫌」と言い、好きなものは「好き」と言い、笑いたいときに笑っていた。同じクラスには湊という男子がいて、二人は特別な関係ではないものの、くだらない会話を交わしながら毎日を過ごしていた。
しかしある日、小春は偶然、湊が自分について「別に。あいつ、誰にでもああいう感じじゃん」と話しているのを聞いてしまう。その言葉をきっかけに、小春は自分の存在や人との距離について考えるようになる。さらに周囲から「誰にでもいい顔をする」「男子にも距離が近い」と言われ、次第に自分の言動を気にするようになっていく。
そして、雨の日の放課後。ひとりになった小春は、偶然教室に入ってきた湊に助けを求められないまま、彼が去っていくのを見送る。その瞬間、小春の中に「大丈夫」という言葉が生まれる。それは強がりでも平気という意味でもなく、自分の気持ちを隠して誰かに嫌われないための言葉だった。
それから小春は、「大丈夫」「いいよ」「なんでもいいよ」と笑うことを覚えていく。そうして人に合わせ続けた結果、彼女は周囲から好かれるようになった。しかし同時に、自分が何を望み、何を嫌い、誰といたいのかさえ分からなくなっていた。
湊編では湊の視点から、同じ出来事が別の意味を持って描かれていく。彼もまた、自分を守るために「理想の自分」を演じていたことが明らかになる。
二人はそれぞれ違う顔で笑いながら、同じように本当の自分を隠していた。
これは、恋が二人を救う物語ではない。誰かに好かれるために自分を変え続けた二人が、過去の傷と自分自身に向き合い、「本当の自分でいること」を少しずつ取り戻していく青春の物語である。