あらすじ
「お兄さんのせいですよ」
夏休み、海辺の町へ向かう駅で、高校二年生の三浦直人は、見知らぬ少女の鞄を間違えて持ち上げてしまう。もたつくうちに電車の扉は閉まり、彼女まで乗り遅れることに。謝る直人に、ヴァイオリンケースを抱えた少女・成瀬真帆が持ちかけたのは、思いがけない相談だった。
「私も、そっちに行っていいですか」
予定していたレッスンを休み、直人の叔母が営む民宿へやってきた真帆。本さえあれば一人でも退屈しない直人の夏休みに、突然、誰かと過ごす時間が増えていく。
海へ入って服を濡らし、小さなカニを探してむきになる。食べきれるかも分からないプリンを気にしながら、直人の長い本選びにも付き合ってくれる。そんな彼女は、著名なヴァイオリニストを父に持ち、幼い頃から音楽を続けてきた少女でもあった。
明日も一緒に過ごすことが、いつの間にか当たり前になっていた。
父も、音楽も嫌いではない。ただ、一つの予定が終わる前に、もう次の予定が決まっている。そんな毎日から少し離れた真帆は、この町で開かれる演奏会に、自分の意思で出ることを決める。
「三浦にも来てほしい」
そう言われて嬉しかった。もっと聴いていたいと思った。
それなのに、舞台に立つ彼女や、音楽仲間と笑い合う姿を見ていると、直人は隣にいる理由が分からなくなる。
自分より、もっと話の合う人がいる。
彼女のためだと思って選んだ行動が、一緒に過ごしたかった彼女を傷つけてしまう。
そして告げられる、旅の終わり。
帰ってほしくない理由を、直人はまだ、うまく言えない。
乗り遅れた電車から始まった、ひと夏の出会い。
「どこでもいい」と答えていた少年が、自分の行きたい場所を見つけるまでの青春小説。